女性専用車両に乗った男性に「降りろ」大合唱??差別に繊細な国、アメリカを知るLeoが考えたこと

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EXS代表のLeoです。

先日ネット上で女性専用車両に乗った男性を”排除”する大合唱が起こったという話が話題になりました(下のツイッター参照)。興味深い話で、今日はちょっとそれに関連したお話を書いてみようと思います。

アメリカではあらゆる差別に繊細に気を配らなければならない

ボクが「アメリカでの常識が日本の常識と違う」系の話をするときによく、履歴書について話をします。

日本の履歴書では右上に顔写真を貼るスペースがあり、そこに写真を貼っていない履歴書で求職したとしたら、書類段階で”排除”される確率はすごく高いですね。

しかし、アメリカの履歴書にあたる「resume」では顔写真を貼るということはありません。

顔写真をつけない履歴書の理由のひとつは、応募者をその容姿でふるいにかけてはいけないからです。

正直、雇う側はできるだけ見た目の美しい人を雇いたいでしょうし、見た目の美しい人の方が業績が良くなるポジションも少なくないと思います。しかし、見た目の印象で書類選考段階で落とすということはアメリカでは「差別的」と捉えられます。

年齢や性別を指定して募集したらOUT

同様に、「年齢」「性別」を書くことは基本的にありません。

日本では募集要項に「18歳から40歳くらいまでの女性」という風に書かれていて、募集している人の年齢や性別の制限をしっかり出すことが多いですが、アメリカでこれをするとアウトです。

もちろん、不採用にする理由まで完全に伝える義務がないので、面接にきても不採用にはできます。ですが、人事の側としては絶対取らない層を最初からカットしておきたい心理になるのはわかる部分もあります。

日本では例えば、助産師は女性しかなれませんね。しかし、アメリカには男性助産師は存在します。他にもイギリスやオーストラリアにもいる様です。日本がなぜ男性助産師を認めないかという心理的背景は十分理解できますが、これも性差別の範疇になるという主張も通ります。

女性専用車両は「男性の良心」で成り立つものである

さて、最初に触れた、「女性専用車両」についてなのですが、上に紹介した件ではある男性が女性専用車両に抗議する意図でそこが女性専用車両理解した上であえて乗車したという話です。これに同車両にいた女性たちが「降りろ降りろ」と大合唱をしたという案件。居合わせた人たちの声としては「異様だった」というものが多く、ある種の集団ヒステリー状態だった様な映像が目に浮かびます。

確かに痴漢問題は日本で大きな問題で、どうしてもなくならない悪しき犯罪のひとつとなっています。日本のiPhoneはマナーモードでもシャッター音が消せませんが、これも日本における盗撮問題が背景にあるということで、公共の場での性犯罪は日本に巣食うガンです。

警察が捕まえても、犯罪だとポスターを貼ってもなくならないから、女性を隔離するという流れになったのが女性専用車両ですが、しかい一方でラッシュアワー時に女性専用車両だけ余裕がある場合があったり、男性がいないことをいいことに化粧をするなどマナーの悪い乗客が多く、女性としてあまりその車両に乗りたくないと感じる状況が生まれていたり、また、女性が女性にという痴漢も少なからずある様で、必ずしも全女性が好んで女性専用車両に乗りたいということでもありません。

ただ、ひどい痴漢被害に遭われた女性は女性専用車両があることで安心して電車に乗れる可能性が高いのも事実です。ボクは個人としてはその存在に大きな抵抗はありませんが一方、だったら男性専用車両も導入してもいいのではないか、とは思います。

正直むさ苦しい印象もありますが(笑)、しかし、例えば男性は痴漢冤罪に怯えて満員電車に乗っているというケースは少なくありません。ボクもその一人ですが、男性専用車両に乗ればその恐怖とはさよならできます。

なお、この件が話題になったのでいろいろな記事が飛び交いましたが、鉄道会社としては(もちろんですが)法的拘束力を持って男性を女性専用車両から排除できないわけで、そこは「男性の善意」、「男性の良心」の上で成り立っている世界であると説明します。

つまり、「痴漢に怯える女性の気持ちを理解し、協力してあげたい」という気持ちで「この車両は女性だけが乗る車両として譲ろう」という行動に出て成り立っているのです。

もちろんアナウンスもあれば女性専用車両内にはそこが女性専用車両であることがたくさーーん書かれていますので、そこに男性が乗ると結構シンドイですから、居心地よく乗車できません。しかし、同じ乗車運賃を払っているいち利用者として、絶対に乗ってはいけないわけでもないんです。それでも乗らないで「いてあげている」のだということを女性はまた、理解する必要があるわけです。

弱者がチカラを得ると勘違いしてしまう

確かに女性は平均的に男性より弱いです。

霊長類最強なのは吉田沙保里だという話ですが、多くの女性は男性より弱く、そして性犯罪の対象になってしまいます。

それを社会が守るために法律やルールが生まれますが、例えば女性専用車両以外にも「男だけで入れないプリクラ」は結構イラっとします。

「女性を同伴ならOK」とか「カップルならOK」と書かれている場合があるのですが、ボクは一度男友達と、「僕たちカップルですから」と入店を試みたことがあります。

いやいやいやいや…(汗)

という感じで苦笑いとともに入店拒否されましたが、いまでもモヤモヤします。

弱者は守られる必要がある、これは理解しますが、守ろうとする反動が大きすぎると過剰な力を与えてしまいます。

今回の「降りろ」コールは女性たちが、

「おい男、ふざけんな、ここは私たち女だけが乗っていい専用車だろうが、男は乗る権利はないんだぞこの犯罪者、さっさと消え失せろ」

と、手にした”男を排除できる力”(と勘違いしているもの)を濫用したものだと思います。

この、過剰に得る力の濫用の例としては当たり屋なんかもありますね。車はどんなことがあっても、たとえ飛び出しでも、相手が歩行者なら、ひいた方が悪いことになります。それを悪用して、わざと車にぶつかるのが当たり屋ですが、いまはドラレコも増えて少しは解消されてきているかも知れませんが、なかなか当ててしまった側には辛いことがおきます。

元々弱者だった者は弱者である中苦しみます。痴漢に傷つけられたり、電車に乗るのが怖くなってしまったりしても弱者であるから何もできなかったと感じている女性は、力を手にしたことで勘違いしてしまったのでしょうか。いや、痴漢に悩んだことがない人でも、対男性に怖い思いをしたり、社会的立場の弱さを感じさせられたりしながら生きている女性は多いでしょうから、”仕返し”ができるシチュエーションに勘違いさせられたのだと思います。

差別は弱い心から生まれる?

ボクは見た目はアジア人ですが、国籍はアメリカ人でもあります。

アメリカに住む中、そのステータスが自分を「弱者」と思わせたことは少なくありません。

白人が偉いという風潮はシアトルでは少ないですが、マジョリティーであることは事実で、つい10年くらい前までアメリカでは白人しか大統領になれませんでした。

白人は、自分が白人に生まれているので弱者側の視線を知りません。だから、気づかないんですね。もしかしたら男性が女性がどういう気持ちで満員電車に乗っているかを知らない様に。

だから、傷つける意図、意思がなくてもふとした発言が”差別的”だってことはよくあるんです、まだまだ。

でも、差別的な発言や行動って、弱い心から生まれるんじゃないかな?と最近思います。

自分が優れた存在だと感じることは気持ちいいですし、そうじゃないかも知れないと思う辛さに対して何倍も安心して生きられます。白人が選べばれた人種で優れた存在だと思えたら、他の人種を見て「白人に生まれてよかった」と思えて、それだけで強い気持ちで生きていけます。例え多くのことで人より劣っていると感じることがあったとしても、必ず”下”がいると感じられるからです。

日本の男性は男尊女卑という言葉もありますが、いろいろな部分で女性を下に見てきました。男が世界の主役で、それを支える存在的な。女性もそれは知っています。

ここ最近女性も社会進出が進んでいますが、それでも人の心に深く根ざした男性優位的感覚は簡単に消えません。

男性はおそらく、上記の白人至上主義的考えと同じく、「男は女より上」と思うことで気持ちよく生きてきたのだと思います。これはそう思えないと多くの比較、競争の中でやっていけなかった弱い心の証明です。

まとめ

女性はやっぱりどこかで男に仕返ししたいというか、ぎゃふんと言わせたいという思考があるのかも知れないと思います。ボクは男なのでこういう考えを発表すると炎上するかな、とか思う部分もありますが、長くこういう考えは実際持っていました。

昨年の流行語大賞をとったあの人は「女に生まれてよかった」と連呼しますし、女性が皆、女に生まれて苦しんでいるという風には思わないですが、社会の構造を見たら基本的に女性は弱者である場面が多く、男性は楽できていることも多いなと感じるからです。

しかし、だからと言って今回の女性専用車両の一件の様に過剰に力を得たと勘違いしての異常行動はやっぱりおかしく感じました。

アメリカでは多様性に対応するべくあらゆる差別をなくすべく、日本の常識とは違うことがいくつかありますが、紹介した履歴書の話の様に、繊細なことであるという自覚の下関わる必要もあります。

弱者である苦しみ、劣等感、そしてそれらを我慢してきた反動は、弾けたときに怖いな、とこの女性専用車両問題で感じました。

これからの時代を作っていく若い世代にはこうした格差や弱者を生み続ける世界ではなく、誰もが自分の中に価値を見出し、それぞれがそれぞれの魅力を十分発揮して輝ける未来を生きてもらいたいものです。

ボクも国際交流事業などを軸にそうした未来作りを頑張りたいなと思います。

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この記事を書いた人

シアトル生まれ、大阪育ち。EXS International代表。フォトグラファー&心理家としても活動中。大阪に写真ギャラリーあり。主に風景と人物を撮っています。

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